加藤鷹と代々木忠

日本のAVを語るなら、外せないのがこの人物。
代々木 忠(よよぎ ただし )愛称はヨヨチュウ。
1938年3月18日生まれの日本のAV監督・映画監督・映画プロデューサー。
福岡県北九州市小倉南区出身。3歳のとき、実母を盲腸の誤診で亡くした。
同じ頃、日本軍の技術者だった父も仕事のために家を離れ、
2年間、親戚の家を転々として育った。
敗戦に伴い、父が再婚相手と共に家庭へ戻る。実家は売春宿となり、
代々木が寝ている部屋に客を入れられたこともあるのだとか。
高等学校卒業後、生花店経営や芝居小屋の進行係などを経て、
1963年、ピンク映画のワールド映画に入社する。
1972年、「ある少女の手記・快感」で監督デビュー。
スケバンシリーズでヒットを飛ばし、ピンク映画監督としてのキャリアを経て、
1976年、にっかつの下請会社ワタナベプロダクションを設立する。
プロデューサーとして山本晋也に痴漢シリーズや未亡人シリーズを撮らせて成功。
1981年10月、愛染恭子主演『淫欲のうずき』でついにAV監督デビュー。
同年11月、アダルトビデオメーカーのアテナ映像を設立した。
1982年8月以降、ドキュメント・ザ・オナニーシリーズで成功。
以後、性感マッサージシリーズやいんらんパフォーマンスシリーズ、
チャネリングFUCKシリーズ、『多重人格 そして性』など数多くの作品をリリース。
AV男優の加藤鷹などは、代々木を師と仰ぐ。